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癌の母がいなくなるということ

今回、母が癌になってしまったことを契機に、福山(広島県)の実家に帰省し、多分子供の頃以来となる純粋に家族だけの旅行(瀬戸内の島々&松山)に行ってきた。
メンバーは両親と弟、妹の5人であり、それぞれの配偶者も子供も参加しなかったので気楽な家族旅行である。
母の容態は、現状のところいたって良く、抗がん剤治療を行っているにもかかわらずその副作用はほとんど無くて、逆に食欲があって太ってしまったほど。
そんな、拍子抜けするような癌治療の現状は家族の笑い話のネタとなった。
ということで、もしかするとこれが家族全員そろっての最後の旅行になるかも、という始めの悲壮な企画意図を忘れてしまう実に楽しい旅行となった。

また、今回家族が集まったもう一つの目的である親の財産分与(っていってもほんのわずかなものなんだけどw)についての話し合いもスムーズに問題なく決着した。
結局、福山の実家は僕が引き継ぐことになったので、僕は定年後福山で暮らすことになりそうだ。
実家は、15~20年後に移り住む際には相当なお金をかけたリフォームが必要となるはずで、あの家を引き継ぐことが良いのか悪いのか良く分からない(笑)。でも結局僕は長男だし、弟妹もそれを望んでくれているので先祖の祭祀を含めて僕が何とかして行こうと思います。
(僕の希望として定年後は田舎のしがらみから離れて、夏は北海道、冬は沖縄という暮らしをしたかったんですけどね・・)

閑話休題
四国の今治を対岸に望む来島の千年松という割烹旅館で瀬戸内の魚介類フルコースという食事後の飲み会でのこと。

僕は、要らないものを捨てられない母の性格に常々不満をもっていたので、
「家にあるあのゴミのような要らないものをことごとく捨ててくれ。もっとすっきり暮らそう」
と弟と一緒に両親に強く依頼したところ、いきなり父が激怒し始めた。
「お父さんはお母さんとあの家で好きなように暮らしているんだ! 
そんなことをお前達がゴチャゴチャ言うとか、いらんおせっかいだし、僭越だろうが!
何だ、お前達? 
そんなにあの家が気に入らないならもううちに帰って来なくても良い!!」

僕と弟は、普段怒らない父がそこまで激怒するほどの話題だと思わなかったので、彼がいきなり怒り始めたことに僕らは慌てた。
そして父をなだめて言い過ぎを謝って、その場は収まった。

家族でせっかく楽しく過ごしている旅行中なのに、何故父はそれほど怒らなければならなかったのだろう。
やれやれ、親父もかなり酔っていたしな・・・・・と思いつつ、その夜布団の中でつらつらと考えた。

現在父は母と二人で暮らしている。田舎だから僕の実家は立派ではなくとも比較的大きな家だ。
一番多い時には家族5人と祖父母、曾祖母の8人に各自部屋を割り当てて住めたほどの家だった。
今回帰省して実感したのが、その広い家の中で父と母は狭い場所に固まり、二人寄り添うように暮らしているということだ。

夫婦二人でコタツに入り、テレビを一緒に見る。母がちょっとしたものを作って、モソモソと食べる。
別に大したことをしているわけじゃない。

父は以前家の中では縦のものを横にすらしないような性格だったけど、今では母のために皿洗い程度はしてあげているし、家事も少しはこなすようになったようだ。

抗がん剤で母の髪は抜け落ちているのだが、わずかに残った髪を大事そうに残していたので僕は
「みっともないからいっそのこと全部剃り落としてしまいなよ。瀬戸内寂聴さんみたいに格好良くなるよ。」
と提案すると、父は母の髪を撫でながらバリカンできれいに刈ってやっていた。事実、寂聴さんに少し似ているので、母はなかなかありがたい雰囲気になったのだった。

僕はこれまで父と母の間柄にどれほどの愛情があるのかよく分からなかった。
常に父は母に対して無愛想で、母は父に対して文句ばかり言っていた。
でも、今回実家にしばらく滞在してみて実感したのが、二人の間には一見では分からないけど確実な愛情があるということだ。
不器用でみっともなくても、その中にはお互いを思い遣る優しさが滲み出ていた。

母は今のところ抗がん剤治療がうまくいっている。もしかすると完治という希望だって無いわけじゃない。
もし将来再発したとしても、この調子ならば余命1,2年なんて短いものではなく、もっとずっと長くは生きられるだろう。僕はそう思っている。
だけど、父からすれば今日という一日一日が、母と暮らせる日々が確実に目減りしている命の雫だと感じているはずだ。

母が末期癌であることが分かった夜、母は布団の中で天井を見上げながら訊いたそうだ。
「なあお父さん、私が死んだら毎日のご飯、どうするん?」
自分のことよりも父のことを心配する母に、父は涙したことだろう。

先に書いたように、今二人はほとんど一つの部屋に固まって暮らしている。
その中には母が捨てられずにたまってしまったものも多くあり、その中での暮らしが彼らの暮らしである。
僕たちにはそれらが単なる不要物のように見えるけど、それら一つ一つに父にとっての母の思い出や匂いが染み付いているのだろう。
そんなものを捨てられない母の不器用さすら父にとっては哀しみの対象なのかもしれない。
確かに、僕たちは僭越だった。そんなことを彼らに言うべきじゃなかったのだ。

あの広い家で一人になってしまう父を想像すると、僕は自失の念を抱かずにはいられない。
いつも二人が狭い場所に寄り集まっていた、その母がいた場所には母がいなくなるかもしれないのだ。
予断を許さない母の病状について父は淡々と語っていたけれど、僕が父ならばとても耐えられないと思う。
一人になっても、父は僕のように料理を作れるようになる気は全く無いそうだ。飽きないように弁当屋を色々変えて、毎日の食事を採るのだろう。
母が部屋に捨てられずにためてしまった多くのものに囲まれて。

昨夜、福山から仙台に帰って荷物を整理していると、母が僕の荷物の中に入れてくれていた松山のみかんが転がり出てきた。
小さな丸いみかんが、坊主頭で不器用に笑っている母を僕に想い出させた。

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